ネパールの文化

ネパールの文化

ネパールの文化

ネパールの文化

ちいさな国土ながら交通網の整備が容易でない山岳国ネパールは、各地でそれぞれの民族が伝統文化や伝承宗教を今なお守りつつ生活をしています。このため「ネパールの文化」とひと口にいっても、どの地方に住んでいるどの民族のものかによって、全く違った文化を垣間見ることができます。そういう意味で、カトマンズはそれらの文化を最も手っ取り早く目の当たりにできるショーケースといえるでしょう。ここでは全国各地から集まってきたいろんな文化背景を持つひとびとが、18世紀のシャハ王朝(Shah Dynasty)による国土統一以来、それぞれの伝統文化を守りつつ、他民族の文化との融合を進めてきました。

ネパール人の文化や生活習俗について考えるとき、最も重要で見逃せないのが、それぞれに発展してきた各民族の宗教や伝統信仰でしょう。多くのひとびとが、そうした行事や祭祀の年間日程を基本に据えた生活サイクルを守っています。ここで使われる道具や供物、特に祭祀用の食べものやごちそうは、こうした行事の中で重要な役割を果たすのみならず、その民族の血肉ともいうべき、文化的・宗教的に極めて大切な意味をもっています。


宗教:

ネパールで信仰されている宗教は、ヒンズー教(Hindu)、仏教(Buddhism)、キリスト教(Christianity)、ジャイナ教(Jainism)、シーク教(Sikhism)、梵教(Bon)等がありますが、これ以外のアニミズム(Animism)やシャーマニズム(Shamanism)に根ざした民族伝統宗教や伝承信仰も数多く見られます。もともとは「ヒンズー教国家」を国是としてきたネパールですが、2006年の民主化後の憲法で宗教国家を脱し、宗教を国是としない(政教分離を基本とする)世俗国家となることを宣言しています。ネパール人の多くはヒンズー教または仏教のどちらかに属しており、信仰宗教の分布統計をみると、この二教で信徒の95%以上を占めています。ただしこれら二教のどちらに属していても、普通に両方の寺院に参拝し、両方の神仏に祈りを捧げて宗教祭祀を祝うという習合的信仰の形態が主流であり、対立する概念ではありません。

ヒンドゥー教徒と仏教徒のいずれに関わらず、ネパールで広く崇拝されているのが仏教の開祖・ブッダ(Buddha)です。さまざまに様態を変化するとされるシャカムニブッダ(Shakya Muni Buddha)の一様態である五智如来(五大如来とも)は、日本へも同じ概念がそのまま伝承されています。ネパールの五智如来はヴァイローチャナ(Vairochana)、アクショービヤ(Akshobhaya)、ラトナサンバヴァ(Rathasambhava)、アミターバ(Amitabha)、アモーガシッディ(Amoghasiddhi)と呼ばれますが、日本の真言宗では以上をそれぞれ、大日如来、阿閦(あしゅく)如来、宝生如来、阿弥陀如来、不空成就如来、と呼称しています。これら五如来は順に、空(ether)、地(earth)、火(fire)、水(water)、風(air)、のこの世を形作る基本五要素を現わしているとされており、仏教徒の信仰ではこれら如来はすべて「空(くう、Sunya)(=一切の無)」の具現化である、とされています。

チベット密教の流れを汲む金剛乗仏教(Vajrayana)の神とされるマハカーラ(Mahakaala、和名は大黒天、Maha=大、Kaala=黒)とバジュラヨギニ(Bajrayogini、同・荼枳尼(だきに)天)は、ヒンドゥー教でも同じように崇拝されています。

ネパールのヒンドゥー教徒はまた、古代ヒンズー教の聖典・ヴェーダ(Veda)に記載されている神々をも崇拝しています。救済の主であるヴィシュヌ(Vishnu)神や、破壊神・シヴァ(Shiva)は特に崇められており、いずれもヒンドゥー教においても最高神の具現神とされています。シヴァ神の男根を意味するシヴァ・リンガ(Shiva Linga)は、シヴァ神を祀ってある寺院のほとんどに併祀されており、シヴァの究極のパワーの象徴と信じられています。

シヴァの持つ強い男性性と表裏一体とされる要素として、シャクティ(shakti=森羅万象の根本原理、宇宙的根源力、等と訳され、女性の持つ創造力・母性概念を示す)があります。万能とされるシヴァ神だけに、その内に女神としての側面があり、シャクティはそこに潜んでいて、シヴァの男性性の凶暴な部分を鎮める力であると考えられています。この具現神として多くの女神が創造されており、マハデヴィ(Mahadevi)、マハカリ(Mahakali)、バガバティ(Bhagabati)、イシュワリ(Ishwari)等、様態を変えて、シヴァ神の妻として現れます。多くのネパールの寺院でシャクティが奉じられていますが、最も代表的な例のひとつが処女神クマリ(Kumari)でしょう。

その他の有名な神々としては、幸運の神ガネシュ、知識の神サラスワティ、富の神ラクシュミ、庇護の神ハヌマン、などがあります。また、美丈夫として知られるクリシュナ神は、ビシュヌの神性が人間として具現化した形態と考えられており、広く全土で信仰されています。ヒンドゥーの聖典バガワット・ギータ(Bhagawat Gita)やラーマヤーナ(Ramayana)、マハーバーラタ(Mahabharat)などは、今でも生活の中で読み伝えられており、古典ヴェーダ(Veda)やウパニシャッド(Upanishads)その他の聖典も、ブラーミン(Brahmin)の司祭が儀礼の中などで頻繁に引用しています。

慣習:

地理的制約をひとつの背景として、多民族国家ネパールでは様々な民族がその伝統文化や伝承信仰等を大切に守ってきました。このためそれぞれの民族が今でも異なった風習や信仰を持っています。この根幹をなすのが宗教や伝承信仰で、ヒンドゥー教と仏教を二大宗教として、宗教の項で説明したように数多くの宗教やそれぞれの民族固有の信仰等が見られ、これに根ざしたさまざまな慣習が息づいています。

特に興味深いのは結婚に関する約束ごとで、ネパールの伝統的な家族における結婚は少年少女が成人した後、お互いの両親の同意によって組み合わせるアレンジ婚(Arranged Marriage)がまだまだ主流です。結婚が可能な年齢は、女性は18歳以上、男性は21歳以上と法律上決まっていますが、こうした法律は厳密には守られていない場合が散見されます。

食習慣については「ネパール(やインド)では牛肉を食べない」と言われます。これにはいくつか理由があり、わりと知られている背景がヒンズー教における聖牛崇拝でしょう。牛はネパールの国獣でもあります。もうひとつの興味深い視点としては、ネパール伝統思想の中で重んじられている「浄・不浄」の概念があります。直接的であれ間接的であれ、あるいはそれが食物であれほかのものであれ、他人が口をつけたものは「不浄(Jutho、ジュト)」である、とされるネパール伝統思想においては、面白いことに(そして世界の一部で同じ考えがあるように)聖なる牛の排泄物(糞尿)がその「不浄(ジュト)」を浄めてくれると考えられており、実際に牛の排泄物を用いた宗教儀礼等も行われています。「浄・不浄」の概念はネパール人の生活の至るところ、細部にまで生活習慣として深く根ざして結びついており、このため「不浄」とされる生理中の女性が4日目まで生理小屋に隔離される習慣が、今なお一部地域で続いています。

ネパールはまた伝統的に、父権社会、男性優位社会として存続してきました。男性が外に働きに出て、女性は主婦として家を守り、立ち働くという構造です。近年では社会の発展に伴って、こうした構造も変化の兆しが見えます。それでもなお、多くのネパール人は自らの民族のもつ伝統や特性、カースト性や結婚に関する決まりごと等を、ひとつの伝承習慣として受け入れて生きています。過渡期にある今のネパールでは、地方の大半が農村伝統社会であるのに対し、都会ではウルトラモダンと言ってもいいような絢爛で豪華な近代的社会生活を営む側面もみられます。

ネパールの食:

ネパールには、フランスや中国にみられるような際だった「ネパール料理」といえるものは残念ながらありません。ところが多民族国家であることを背景として、それぞれの民族が守ってきたエスニックフードはバラエティ豊かです。地理的にインドと中国の影響を大きく受けているのは自然の流れですが、その中でも特筆すべきはネワール民族(Newari)とタカリ民族(Thakali)の伝統料理でしょう。この二民族の食事はメニューも豊富で、さまざまな食材を多彩な料理法と味付けで調理してあり、季節祭祀の際の特別メニュー等もあるので、とても一度では味わいきれないバリエーションが楽しめます。

一般的なネパールの食事として知られているのが「ダル・バート(Dal Bhat)」というひと皿盛りの定食です。大衆的な定食屋で「めし」といえば自動的にこのダル・バートが出てくるほどポピュラーな食事で(ベジ、ノンベジは指定します)、通常、大皿の真ん中に「バート(Bhat、インディカ米を炊いたご飯)」を盛り、小さな器に注いだ「ダルのスープ(Dal Soup、レンズ豆の煮込み)」が付いてくるため、この名で呼ばれています。その他の付け合わせおかずは家庭やお店や季節によってさまざまですが、多様な食材や味付け、多国籍の料理に慣れた日本の方にはその違いがすぐにはわからないかもしれません。ご飯と豆のスープを基本に、一般的には「タルカリ(Tarkari、さまざまなネパールの野菜)」と呼ばれる、野菜をカレーベースの風味で様々に調理したおかずが付き、脇に「アチャール(Achar、漬け物)」が添えられます。このアチャールもトマトやニガウリ、タケノコやダイコン等々さまざまな素材が用いられ、発酵の浅いもの深いもの、しょっぱいもの辛いもの、など、食べ慣れてくるとその違いが楽しめるようになるでしょう(激辛以上の辛さのものも多いので、辛いのが苦手な方は要注意です)。

ヤギ肉、トリ肉、時にブタ肉をカレー風味で煮込んだ「マス(Masu=肉。ヤギ=カシまたはコシ、トリ=ククラ、ブタ=スングル)」のおかずも選べますが、肉はそもそも高価であること、電気や冷蔵庫が行き渡ってない(長期保存がきかない)こと、そもそもベジタリアンが多いこと、等も理由で、いつでもどこでも食べられるとは限りません。地方ではダサイン大祭の前や冠婚葬祭等でしか食べない(食べられない)、という場所も多くあります。それでも最高級のヤギ肉カレーは日本ではなかなか味わえない逸品ですので、機会があればぜひ試してみて下さい(ヤギ特有の匂いは多少あります)。

自宅や大衆定食屋でダル・バートを食べる際にはスプーン等を使わず、右手のみで、きれいにお皿をたいらげるのもポピュラーな食べ方です。最初にダルスープをご飯にかけ回し、まわりに盛りつけられたさまざまなおかずを右手で一気に混ぜ込んでいる時の表情は、本当にしあわせそうに見えます。右手の指先に混ぜご飯の固まりを載せ、親指で器用に押し出して、見る間に片付けていきます。これをまねして手で食べてみても良し、お店の人やご家庭の人にお願いしてスプーンをもらって食べても良し、ダル・バートには厳格な決まりはありません。

これ以外のエスニック食に「モモ(Momo、チベット/ネワール式蒸し餃子。揚げ、焼き、茹で等も場所によっては指定できる)」があります。ネパールでもっともポピュラーなファーストフード、スナックと称される名物料理です。街中の至るところにお店があり、手打ちの皮、自家製配合のソース(アチャール)、工夫の凝らされた肉や野菜の具のバランスを競い合っています。8~10コほど入って100ルピー前後と、まさに買い食いスナックの王様といえるでしょう。

このほか小麦粉で作る「ロティ(Roti、発酵させない平焼きパン)」や、さまざまな穀物の粉を練って作る「ディド(Dhedo、そば粉のものは そばがきそっくり)」なども、地方によってはポピュラーな食事のひとつです。

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